症例紹介
前庭疾患
こんにちは。神奈川県秦野市の「みかん動物病院」獣医師の森田です。
昨日まで元気に過ごしていた愛犬や愛猫が、突然まっすぐ歩けなくなったり、首が傾いたままになっていたりして驚かれたことはありませんか?
こうした症状を引き起こす代表的な病気に「前庭疾患(ぜんていしっかん)」があります。
めまいのような状態が起こり、突然の症状に驚いてしまう飼い主様も多いですが、原因や状態によって治療方針は異なります。
今回は、前庭疾患の種類や原因・症状・診断・治療についてやさしく説明します。
■目次
1.前庭疾患|急な首の傾き・ふらつきが起こる病気
2.原因
3.症状|首が傾く・ふらつく・眼球が揺れるサインに注意
4.診断方法・治療方法
5.飼い主様ができる日常管理
6.まとめ|突然の首の傾きやふらつきは早めに相談を
前庭疾患|急な首の傾き・ふらつきが起こる病気
前庭疾患とは、体のバランスを保つ「前庭」という器官や、そこからの情報を脳へ伝える神経に異常が起こり、平衡感覚が乱れてしまう病気のことです。
特に高齢の犬や猫では、朝起きたら急に首が傾いていたり、ふらついて倒れてしまったりすることがあります。
前庭疾患は、大きく分けて2つのタイプに分類されます。
・末梢性(まっしょうせい)前庭疾患:内耳や中耳など、耳の奥のトラブルが原因
・中枢性(ちゅうすうせい)前庭疾患:脳幹や小脳といった、より中枢に近い神経系の異常によって起こる
また、眼球が左右や上下に絶えず揺れる「眼振(がんしん)」という症状が出ることも大きな特徴です。
これらはけいれん発作や他の脳疾患とも症状が似ているため、飼い主様だけで原因を特定するのは非常に困難です。
原因
前庭疾患の背景には、さまざまな原因が隠れています。
末梢性前庭疾患の中でも、犬と猫で原因や起こりやすい症状は異なります。
一般的に、犬では高齢期に突如としてふらつきや首の傾きが生じるケース(特発性前庭疾患)が多く見られます。これは甲状腺機能低下症などの全身性疾患が引き金となって起こる場合もあれば、明らかな原因が特定できないものも存在します。
また、猫の場合は中耳炎や内耳炎などの耳の疾患、あるいは感染症や腫瘍が関与していることもあります。
一方、中枢性前庭疾患は、脳そのものに病変があるケースです。脳炎や脳脊髄炎といった炎症性疾患をはじめ、脳腫瘍、脳梗塞や脳出血などの血管障害が原因となることがあります。外傷や中毒によって症状が出ることもあるため、原因は非常に多岐にわたります。
獣医師は、症状の種類や進行の様子から、末梢性なのか中枢性なのかを鑑別し、適切な検査を進めていくことになります。
甲状腺機能低下症についてはこちらで解説しています
外耳炎についてはこちらで解説しています
症状|首が傾く・ふらつく・眼球が揺れるサインに注意
前庭疾患が発症すると、平衡感覚が狂うため以下のような特徴的な症状が現れます。
・首が片側に傾く「斜頸(しゃけい)」
・起立困難、ふらつき、転倒
・同じ方向にグルグル回る
・眼球が左右・上下、あるいは回転するように動く「眼振」
・吐き気、よだれ
・食欲低下
・頭を低く下げたまま動きたがらない、うずくまる
その中でも、以下は緊急性が高いサインなので、早めに動物病院へ相談しましょう。
・立てない状態が長く続く
・嘔吐を何度も繰り返す
・意識がなんとなくぼんやりしている
・片側の手足に力が入っていない
・時間が経っても症状が改善せず悪化している
高齢の犬や猫で急にこれらの症状が出た場合は、迷わずご相談ください。
病院へ来院される際は、可能であれば、症状が出ている時の様子をスマートフォンで動画撮影してきてください。診察室では緊張して症状が少し落ち着いてしまう子も多いため、ご自宅での動画は診断を行ううえで重要な手がかりになります。
診断方法・治療方法
前庭疾患が疑われる場合、まず大切になるのは、症状の出方の確認です。
問診では「いつからふらつきが始まったのか」「突然起こったのか、徐々に悪化しているのか」「吐き気や食欲低下、耳のかゆみ、痛みなどはないか」などを飼い主様にお伺いします。
そのうえで、身体検査や神経学的検査を行い、全身の状態と神経の働きを確認します。特に以下のような点は、前庭疾患の原因を見極めるうえで重要です。
✓ 意識がはっきりしているか
✓ 立ち上がり方や歩き方に異常がないか
✓ 頭の傾きの程度
✓ 眼振の向きや出方
✓ 顔面神経の動き
✓ 手足の反応や姿勢の異常
これらの検査によって、異常が耳の奥に関係する「末梢性前庭疾患」なのか、脳に関係する「中枢性前庭疾患」なのかを慎重に判断していきます。
また、外耳炎・中耳炎・内耳炎などが原因となることもあるため、耳の中の検査も重要です。必要に応じて、血液検査で炎症の有無や内分泌疾患などを確認する場合もあります。
さらに、脳の病気が疑われる症状がある場合には、MRI検査やCT検査などの画像検査を検討します。これらの検査を組み合わせることで、前庭疾患の原因をできるだけ正確に把握し、適切な治療方針につなげていきます。
<原因別にアプローチする前庭疾患の治療>
治療は、突き止めた原因疾患やあらわれている症状に基づいて行われます。
・耳の炎症→耳の治療や抗菌薬の投与、消炎処置
・脳炎や腫瘍→追加検査を行ったうえで専門的な治療
・吐き気や食欲低下が激しい→制吐剤の使用や点滴による栄養管理
原因がはっきりしない特発性前庭疾患の場合は、つらい症状を緩和する支持療法を行いながら、回復を待つ経過観察が中心となります。
当院の脳・神経科では、こうした専門的な視点から、愛犬や愛猫が今どのような状態にあるのかをきめ細かく判断し、丁寧なコミュニケーションで治療をご提案いたします。
飼い主様ができる日常管理
前庭疾患の回復には、動物病院での治療だけでなく、ご自宅での過ごし方も大切です。
ふらつきや頭の傾きがある時期は、転倒やけがを防ぐために「安全に休める環境」を整えてあげましょう。
・床を滑りにくくする:フローリングには滑りにくいマットやクッション性のある敷物を敷く
・段差を避ける:階段、ソファ、ベッドの上り下りは控える
・休む場所を整える:サークルやケージに柔らかい寝床を用意する
・無理に歩かせない:症状が強い時期は安静を優先する
・食器の位置を調整する:頭の傾きに合わせ、首を下げすぎずに食べられる高さにする
・食器を固定する:滑り止めを使い、食器が動かないようにする
頭の傾きやふらつきがあると食事や飲水が負担になるため、食事量・飲水量の低下がみられます。
また、食事の際に「むせる」「飲み込みにくい」などの様子がある場合は、誤嚥などを防ぐためにも、早めに動物病院へ相談しましょう。
<症状がある時期に避けたいこと>
前庭疾患の症状が出ている間は、体に余計な負担をかけないことも大切です。よかれと思って行ったケアが、かえって不安やストレスにつながることもあります。
・自己判断で耳掃除をする
・シャンプーをする
・長時間の外出や移動をさせる
・無理に歩かせる
・急に抱き上げたり、体勢を大きく変えたりする
・「高齢だから仕方ない」と様子を見続ける
耳の病気が関係している可能性がある場合、耳のケアは必ず獣医師に確認の上、行いましょう。
前庭疾患が疑われるサインに気づいたら、「少し様子を見れば治るかもしれない」と自己判断せず、早めに動物病院へ相談することが安心に繋がります。
まとめ|突然の首の傾きやふらつきは早めに相談を
前庭疾患は、突然起こる症状に飼い主様が驚いてしまうことの多い病気です。しかし、体のバランスを保つ仕組みが一時的に乱れているだけの場合もあれば、早期の治療が必要な脳の疾患が隠れている場合もあります。
症状を正しく理解し、早期に発見・受診することで、愛犬や愛猫の苦痛を最小限に抑えることが可能です。
「首が傾いている気がする」「ふらふらしているように見える」「目が揺れている」
——“いつもとなんとなく違う”という飼い主様の直感と行動が、大切な家族の健康を守ることにつながります。小さなご不安も、当院へお気軽にご相談ください。
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